その場所は……
著者:高良あくあ


*悠真サイド*

 映画や買い物などをする春山さん達をひたすら尾行し、気付くともう夕方だった。

「……で、どうしてここで見失いますかね」

 嘆息混じりに呟く。やっぱり部長に反省の色は無し。

「あら、どうせ後は帰るだけでしょ、春山さん達も。仲良さそうだったし、あの様子ならデートも成功なんじゃないかしら」

「……そうですね」

 最早突っ込むのも面倒になり、適当に返事をする。

「あら、随分とどうでも良さそうねぇ?」

「ソンナコトナイデスヨー」

「帰ったら猛毒でも調合しようかしら。もちろん実験台は悠真で♪」

「本当にすみませんでした」

 ここが人々の行き交う大通りじゃなかったら、土下座でも何でもしている勢いで謝る。
 いや、だって部長、超笑顔だし。滅茶苦茶怖いし。

「……あの、ちょっと良いですか?」

 何故かムッとした表情の紗綾に呼び止められ、口論(?)を中断して振り返る。

「どうかしたのか、紗綾?」

「その、ですね……部長さんも悠真君も、ここがどこだか分かります?」

『え?』

 部長と二人、顔を見合わせる。……何故か紗綾が更に不機嫌そうになったのは置いておくとして。

「部長、分かります? 帰る道とか」

「分かるわけ無いじゃない、そんなもの」

 何故自慢げなんですか、と聞いたら負けだろう。

「……で、それを訊いてきたってことは」

「うん、多分悠真の想像通りだね」

 海里が首肯する。
 ……どうやら俺達は、完璧に迷ったらしかった。

 ***

「まさかこの年で迷子になるとは思いませんでしたよ……」

 歩きながら、俺は嘆息する。もちろん部長は平然と。

「まぁ、尾行してきただけで、この辺りに来るのは初めてだものね、私達」

「遊園地や店についてはそれなりに知っていましたけど、道とかは全然調べていませんでしたからね……というか部長、歩き回ったら余計迷うと思うんですが」

「あら、じっとしているよりマシでしょ。そのうち駅とかバス停とか見つかるかもしれないじゃない」

「まぁ、それはそうですけど……あれ?」

 角を曲がったところで、立ち止まる。

「何よ、どうかしたの悠真?」

 部長が訪ねてくる。……が、俺はそれを無視し、走り出した。


*海里サイド*

「……まずい」

 悠真が走って行った方向を見て、思わず顔をしかめる。
 だって、向こうは……

「えっと……灰谷君?」

「どうしたのよ、一体?」

「森岡さんも先輩も、急いで悠真を追ってください!」

 訪ねてくる二人に叫び、答えを待たずに僕も悠真を追う。


 ……けど。僕の心には焦りとともに、僅かな期待が生まれていた。
 ここなら、もしかして――


*悠真サイド*

 走っているうちに、『それ』が単なる違和感から確信に変わる。
 周りの景色が、段々と……曖昧な記憶でこそあるが、見覚えのあるものになっていく。

 ……まぁ、当然といえば当然なのか。

 だってここは、


 ここは、


 ここは――




「……ほら、やっぱり」

 やがて目の前に現れた一つの建物を見て、俺は呟いた。
 いや、『建物』というのは正しくないか。そこだけ、敷地の殆どが空き地になっている。周りに高い建物が並ぶ中で、そこだけが浮いていた。
 そして何より異質なのが、ところどころ黒いこと。地面だけじゃなくて……黒焦げの柱も、俺の身長より低い位置に倒れているものが何本かあった。

 ……だけど俺は、こうなる前のこの場所を知っている。

「悠真」

 海里、そして部長と紗綾が追いついてくる。
 声をかけてきた海里に俺が返したのは、沈黙だった。

 海里が更に何かを言おうとしたところで、遠くから微かに聞こえてくる、『ある音』。
 それが何なのか気付いた瞬間、俺は目を見開く。

「これ……消防車、でしょうか」

「どこかで火事でもあったのかしら?」

 そんな紗綾と部長の言葉も、耳に入らない。いや、入ってはいるのだが……それが更に、俺の傷を抉る。



 あの時もサイレンの音が響いて、
 俺は立っていることしか出来なくて、
 ただ見ていることしか出来なくて、

 どんどん炎は強くなって、

 どんどん建物は崩れていって、




 そして、悠菜が――




「うわぁぁぁぁああああっ!?」

「悠真!?」

「悠真君!?」

 俺は叫び声を上げ、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。部長と紗綾の叫び声が聞こえるが、気にする余裕が無い。

 頭が痛い。少しくらいならもう慣れっこだが、『少しくらい』とはとても言えないくらい。
 インターハイのときすら超える激痛。本当に、例えるなら頭が割れるような……いや、それすら超えてしまうような。

 『あのとき』の悠菜の言葉がガンガンと頭の中に響いて、
 それがまた新たな痛みを生んで、共鳴しあって大きくなって、

 『あのとき』と同じように、俺のことを責めてくる。


「先輩! インターハイのときと同じ薬、あります!?」

「ええ、あるけど……何よ、あれと同じような状況なの? それにしても異常すぎるでしょう!?」

「ええ。とりあえずあの薬を――」

 恐らく海里と部長だろうか。会話をしているのは聞こえるが、内容まで意識が向けられない。


 激痛の中で、俺の意識は途絶えた。



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